2024年06月05日
2024年06月05日
ワタクシとウヰスキー(酒話伍)
まいど。
人生の午後をおもしろおかしく暮らす、つるたやです。
このシリーズ、ビール、日本酒、ワインと醸造酒の話ばかりでしたが、
今回は満を持しての蒸留酒、ウィスキーばなしです。
子どもの頃に家にあったウィスキーは、多分ニッカの黒と
サントリーオールドで、あるにはあるが父が飲んでいたのを
見た記憶はあまりなかったように思います。
サイドボードの飾りだったのかしらん?
本ブログの読者各位はご存じの通り、ワタクシ幼少のみぎりより、
酒への興味が津々なお子さんだったので、当然のように
家人の留守を狙ってウィスキーも試していました。
しかしまあ、ご想像通り、苦いしアルコールはキツイしで、
口に入れたはいいが、すぐに吐き出しましたっけ。
ビールくらいならけっこう行けたはずなので、苦さが、というよりは、
やはり度数が問題だったのだと思います。
そんなわけで、ワタクシのウイスキーに関する興味は、
長らく封印されていたのでした。
そう、あの日までは。
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モラトリアム、という言葉があるが、三年間の高校生活が
終わろうという早春、一応進学クラスであった我々にとっては、
一通りの大学受験が終わり、発表を待つまでのこの時期は、
まさに猶予期間である、といえた。
それまで皆それぞれに頑張ったのであろうし、まあ、
若さにまかせて乱痴気騒ぎをするのに十分な条件がそろっていた、
ともいえる。
僕自身もまあまあ気が緩んでいたし、何をするという事もなく
ただ合格発表の日を待っていたように思う。
誰が言い出したのか、全くおぼえていないが、MT君の家で
打ち上げというか、慰労会というか、宴会をする流れになっていた。
当日、誘わるままノコノコ行ったら、広い部屋に車座になって
10人以上も集まっていて、みんなヒマなんだなあ、と思ったような
気がする。
着いて早々に、お菓子やらジュースやらが、まわってきたが、
異色を放つボトルが一本あった。
そう、ウイスキーの瓶である。
四角ばった瓶が印象的なソイツは国産ウイスキーとしては
まあまあ有名なやつだった。
しかしながら僕の記憶のものとは少々、というか大分違って見えた。
なんだか瓶が大きいのである。
お徳用サイズのそのボトルは、高校生がヤンチャするための準備にしては、
少々マニアックな気がするぞ、と未来の自分なら思うだろうが、
高校三年生の僕が知る由もなかった。
それはさておき、背伸びもしたいお年頃。
飲めるものなら飲みたいがしかし…、ウイスキーにはあまりいい思い出がない。
そんな僕の逡巡を看破するものがいた、というか、皆アルコールについては
ビギナーだったからだろう、コーラーで割ると飲みやすいし、美味しいと
いう情報がもたらされた。
そう、いわゆる“コークハイ”である。
見越したかのように、大きいサイズ(たしか1ℓ瓶)のコカ・コーラも
準備されていたので、こりゃ確信犯だろう!、と未来の自分なら思うだろうが、
高校三年生の僕が知る由もなかった。
賢明なる読者諸氏ならすでにお気づきのことと思うが、その後、
阿鼻叫喚の地獄絵図が展開された、と未来の自分なら思うだろうが、
高校三年生の僕が知る由もなかった。
だって、いい感じで酔っぱらった挙句、生ける屍と化して、
その辺に転がされてましたもん。
部屋主のMTにはホント申し訳なかったが、まあ、昭和とはそんな時代だった、
ということにしておこう。
なお、丸太と化す前にみんなと店屋物をオーダーしていたのだが、
ホストの心配をよそに復活して、カツ丼をぺろりと平らげていたので、
若さってスゲーな、と未来の自分なら思うだろうが、
高校三年生の僕はひたすら食い意地がはっていたのであった。
そんなわけで、新たなるウイスキーとの出会いは、あまり芳しくなかったのだが、
数週間後に経験する地獄の歓迎会に向けてのいい予行練習になったともいえる。
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そんな経験から、ワタクシ、しばらくはウイスキーがずいぶん苦手に感じていたものです。
今はどうかって?
↓をご覧ください。
★今宵のおとも:Bourbon on the Rock. not rocks.
しかし未だにコークハイには抵抗があるな。
んでわ。

