2025年08月04日
2025年08月04日
八月の記憶
まいど。
人生の午後をおもしろおかしく暮らす、つるたやですが、
8月はちょっと神妙な顔をしたりします。
昨年の今ごろ、“ワタクシのグリーフばなし”と称して、
『14歳で夏だった』という、今を去ること40数年前に
父の看病で一週間ほど病院に通った話を書きました。
今回はその続きになります。
---
7月の最終日、父が午後に手術をするということで、
明日からは通院しなくてもいい、と母に言われたときは、心底ほっとした。
明日、8月1日から、ようやく普通の、中学時代最後の夏休みがおくれる、
そんな風に思ったような気もするが、もちろんそんなはずもなく、
その日の夜に、兄弟全員が病院に呼び出された。
タクシーで病院にかけつけると、父は手術の経過がよくないとのことで、
意識不明の状態だった。
僕ら三兄弟は、父の耳元で呼びかけるよう言われ、そのようにしたが、
父の意識が戻ることはなかった。
日付が変わってしばらくして、医師により死亡が宣告されたと思うが、
正直その頃の記憶は曖昧で、よくおぼえていない。
父の遺体は、いわゆる無言の帰宅をし、線香を絶やさない役割を
親戚と交代で任せられた僕は、火葬のため出棺するまで、けっこう長く
遺体とともにいた。
「お前は俺の位牌持ちだ」と僕に言うのが、生前の父の口癖だったが、
実際には骨壺を持つことになったような気がする。
兄弟三人で、写真と骨と位牌をそれぞれ持ったのだが、これまた
よくおぼえていない。
葬式で参列した方々に御礼も読み上げた気がするが、内容は全くおぼえていない。
それどころか、初七日の法要、新盆とすべて八月の前半で経験している
はずなのだが、やったはず、ということしかおぼえていない。
ただ、ひとつ、おぼえていることがある。
あの病院の出来事から、一度も泣くことがなかったのはおぼえている。
---
毎年八月になると一日に墓参りをして、お盆の法要でまた墓に行きます。
ワタクシ、テレビはNHKばかり見ているものですから、その期間中は、
原爆のセレモニーをしたりしながら、敗戦の日までずっとトーンダウンした感じです。
実はワタクシ、八月が一年で一番好きな時期なのですが、前半はこんな感じで
通り過ぎてしまうのです。
後半戦は、秋の気配も相まって、物悲しさが増しますが、だからこそ
好きな季節なのかもしれない、とも思います。
今回は音楽ネタではありませんが、そんな八月にちなんだ曲で締めたいと思います。
August Day
んでわ。
